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大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)687号 判決

控訴人 今井露乃こと 今井露野

右訴訟代理人弁護士 前堀克彦

控訴人 保木本規

控訴人 株式会社京都銀行

右代表者代表取締役 栗林四郎

右両名訴訟代理人弁護士 松枝述良

被控訴人 今井茂治

右訴訟代理人弁護士 浦井康

主文

控訴人今井露野、同株式会社京都銀行の関係で原判決を取消し、同保木本規の関係で原判決中同控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人の各請求を棄却する。

訴訟費用は、第一審、差戻前の第二審、上告審および差戻後の第二審を通じ、被控訴人の負担とする。

事実

一、控訴人ら代理人は、各関係控訴人につきそれぞれ主文第一、二項同旨のほか「訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件各控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

二、当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の関係は、次に付加訂正するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

1. 原判決二枚目裏八行目「訴外金森正男」の前に「当時の所有者である」を加える。

2. 同三枚目表四行目「仮登記及び」を「仮登記に基づく」と訂正し、同四、五行目に跨って「所有権移転登記」とあるを「所有権移転の本登記」と訂正する。

3. 同三枚目裏一行目「損害金として」の次に「訴状送達の翌日である昭和四七年一〇月一九日から右明渡ずみまで」を加え、同六行目「請求原因第一項の」の次に「うち訴外金森正男がもと本件不動産を所有した事実を認めその余の」を加え、同七行目「被告今井」を「控訴人ら」と訂正し、同八行目から四枚目表三行目までを次のとおり訂正付加する。

『控訴人今井と被控訴人とは昭和七年に結婚した夫婦であるところ、控訴人今井は、昭和四四年被控訴人から、夫婦共有財産として当時居住していた京都市北区衣笠御所之内町所在の土地および家屋の売却を求められ、それまでに被控訴人が二度も約束を破って住居である不動産を売却したことのある事実に鑑み承諾することを渋ったが、被控訴人が「今度買う家は絶対に売らない、お前の名義にしてやる。」と約束したので、右売却を承諾した。このような経緯から、控訴人今井は、昭和四四年一一月一八日右売却代金のうち同人の持分として配分を受けた金員をもって、本件不動産を訴外金森正男より買受け、同年一二月一九日所有権移転登記を了したものであり、右訴外人からの買主は被控訴人ではない。』

4. 同四枚目表六行目「被告今井」を「控訴人ら」と訂正し、同七行目から末行目までを次のとおり訂正付加する。

『仮に、被控訴人が控訴人今井露乃名義を使用(借用)し、訴外金森から本件不動産を買取りその所有権を取得したとしても、次の事由により、右不動産の所有権は、その後控訴人今井に帰属したか、若しくは控訴人保木本に移転しているのであって、いずれにしても被控訴人はその所有権を喪っているから、本訴各請求は失当である。

1. 本件不動産は、控訴人今井名義に所有権移転登記を了した昭和四四年一二月一九日の時点において、被控訴人から同控訴人に対し贈与されたものである。ただ、かかる経過による同控訴人への所有権の帰属が、税務署より贈与と認定されることを回避するため、昭和四五年三月四日被控訴人と同控訴人が合意のうえ原因を真正な登記名義の回復と仮装して本件不動産の所有名義を被控訴人に移転したにとどまるものであって、本件不動産が控訴人今井の所有に属することに変りはない。

2. 仮に、右贈与が認められないとしても、被控訴人は、昭和四七年一月一九日付手紙によって、控訴人今井に対し、同控訴人が被控訴人に代って本件不動産上の担保権者らへの債務の支払をすべき旨の負担付で右不動産を贈与したものである。

3. 仮に、右贈与も認められないとしても、控訴人今井は、被控訴人から、右手紙等によって本件不動産の売却を委任され、その指示にしたがって被控訴人の代理人として控訴人保木本に対し右不動産を売却したものであるから、被控訴人はその所有権を喪失した。』

5. 同四枚目表末行の前項の訂正付加の次に別項として次のとおり加える。

『四、控訴人今井を除くその余の控訴人らの坑弁

1. 仮に、控訴人今井が本件不動産を売却する代理権を有しないとしても、被控訴人は、同控訴人に対し右不動産の管理や担保権を設定するための代理権を授与し、かつその所有名義を同控訴人にすることをも許容していたものであり、控訴人保木本は、控訴人今井において右代理権を有すると信じてこれを買受けたものであるから、控訴人保木本には右信ずるについて正当な事由があり、被控訴人は本人の責を免れない。

2. 仮に、右の主張が認められないとしても、本件のように夫婦が不動産の所有名義を実体を離れて互いに変更しあっているような事情にあるときは、仮に最終の名義人への変更について一方の意思が欠缺していたとしても、その名義人を実質上の所有者と信じて買受けた者に対しては、売買の無効を主張することは信義上許されないと解すべきであるから被控訴人の本訴請求は許されない。』

6. 同四枚目裏一行目「四」を「五」と訂正し、「抗弁」の前に「控訴人らの主張および」を加え、同二行目「否認する。」の前に「控訴人らの主張および抗弁中主張の各登記の存する事実を認め、その余の事実を」を加え、同九行目全部を「3 乙第一ないし第三号証の成立を認め、第四号証は、そのうち、被控訴人作成部分の成立を否認し、同部分は控訴人今井が偽造したものである。その余の部分の成立を認める。」と訂正する。

7. 証拠〈省略〉

理由

一、原判決添付別紙物件目録記載の各不動産(本件不動産といい、そのうち同目録(二)記載の家屋を本件(二)の家屋という)が、もと訴外金森正男の所有に属したこと、本件不動産につき同人から控訴人今井に対する昭和四四年一二月一九日付所有権移転登記、同控訴人から被控訴人に対する昭和四五年三月四日付所有権移転登記、被控訴人から控訴人今井に対する昭和四七年一月一八日付所有権移転登記のほか、控訴人保木本に対する昭和四七年七月二六日付所有権移転請求権仮登記に基づく同年八月二三日付所有権移転の本登記、同京都銀行を権利者とする昭和四七年八月二三日付抵当権設定登記が存し、控訴人保木本が本件(二)の家屋を占有していることは、いずれも当事者間で争いがない。

二、まず、本件不動産のもと所有者である訴外金森からの買受人が被控訴人であるか、控訴人今井であるかの点について検討する。

1. 成立に争いのない乙第一、二号証、甲第四号証によれば、本件不動産につき売主を訴外金森正男、買主を控訴人今井(ただし、通称名の露乃を使用、戸籍簿上は露野)とする、昭和四四年一一月一八日付売買契約書が取り交わされ、さらに右訴外人から同控訴人に対する昭和四四年一二月一九日付所有権移転登記を了していることが認められる。

2. しかし、右甲第四号証、成立に争いのない甲第一、二号証、乙第三号証、原審における被控訴人、原審および差戻前の当審における控訴人今井(ただし後記措信しない部分を除く)各本人尋問の結果を総合すると、

(一)  被控訴人と控訴人今井とは昭和八年四月一五日婚姻届出した夫婦であること、

(二)  訴外金森との間の右売買代金は、被控訴人が、もと所有し家族とともに住居の用に供していた不動産を、債務整理のために売却した代金中より出捐したものであり、本件不動産は、右に代わるものとして、被控訴人とその家族の住居の用に供するため取得したものであること、

(三)  被控訴人は、同控訴人の諒解を得て、昭和四五年三月四日「真正なる登記名義の回復」を原因とし、自己名義の所有権移転登記を経由したほか、自己の事業資金を調達するため、同年八月一日本件不動産を京都中央信用金庫に対し担保に供したのを初めとして、他にも担保として提供していること、

以上の事実を認めることができ、右認定に反する控訴本人今井の供述は信用できない。

右認定事実によれば、本件不動産は、被控訴人が控訴人今井の名義を借用して自己が訴外金森正男から買受けたものと解するのが相当である。

三、そこで、控訴人ら主張の、控訴人今井が被控訴人から遅くとも昭和四四年一二月一九日までに贈与を受けたとの坑弁についてみるに、右主張にそう原審および差戻前の当審における控訴人今井本人尋問の結果は、原審における被控訴本人尋問の結果に照らして信用できない。

かえって、右被控訴本人の供述によれば、控訴人今井を買主として前示売買契約書を作成しこれに符合する同控訴人に対する前示所有権移転登記を経由したのは、被控訴人が同控訴人の協力を得て同人の名義を借用したことによるものであり、いずれも仮装のものであることを認めることができる。

四、つぎに、控訴人らの主張の、控訴人今井が被控訴人から同人の昭和四七年一月一九日付の手紙によって主張の負担付贈与を受けたとの坑弁についてみるに、成立に争いのない乙第五号証の一ないし三、原審における被控訴人(ただし、後記措信しない部分を除く)、原審および差戻前の当審における控訴人今井各本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すると、

1. 被控訴人は、その会社組織で営む呉服商が、昭和三七年ごろと同四四年ごろの二回にわたって倒産し、その都度それまでの住居を売った代金中から債務を支払って営業を継続してきたが、昭和四六年はじめごろまたもや倒産し、旧債の支払のため札幌の店舗および本件不動産を売却する必要に迫られ、同年夏ごろから昭和四七年一月はじめにかけて、控訴人今井に対し、被控訴人を代理して右不動産を売却するよう求めていたが、同控訴人がこれに応じなかったこと、

2. 被控訴人は、それまで、札幌市の店舗および商品仕入れ先の京都市との間を往復して暮らしながら、その住所は控訴人今井とともに本件不動産所在地に置き、同控訴人をして、被控訴人の実印を保管して、借入先に対する利息等の支払のほか、手形の書替等を代理させていたところ、昭和四六年九月二七日自己の住所を札幌市に移して登録した新印鑑を、右不動産売却のため同控訴人に送付したが、同控訴人は被控訴人が札幌市で改印届でもして右不動産を勝手に処分することをおそれ、これを防止するため被控訴人に無断で、同人の住所を右不動産所在地に戻し、改めて登録した印鑑を使用して、被控訴人から同控訴人に対する前示昭和四七年一月一八日付所有権移転登記を了したこと、

3. 被控訴人は、控訴人今井による右所有権移転登記の事実を知らないまま、同控訴人に対し、昭和四七年一月一九日付手紙を書き送り、この手紙はそのころ同控訴人に到達したが、昭和四六年秋ごろからの同様の手紙とを照応させると、右日付の手紙は、

(一)  本件不動産は、右で送付した印鑑と前からの印鑑とを使用すれば売却できるから、その代金のうちから、同不動産の担保権者らへの債務の支払を済ませば、残余は同控訴人が自由に費消してよく、これでみんな(同控訴人と同居の家族)が幸福に暮らせることを望むものであり、

(二)  自分(被控訴人)は、札幌の店舗が売れればその代金でその他の債務を支払い、二月一九日にきまる新しい勤め口で働き(これまでの呉服商をやめ)、アパートでも借りて暮らすから、本件不動産については、右の担保権者らへの債務の支払を求めること以上に関与するつもりがない、

旨の趣旨のものであること、

4. 右手紙は、控訴人今井と同居する二女茂子宛となっているが、これは、当時同控訴人との仲がこじれていたので、右茂子の名を藉りて同控訴人に対して書き送ったものであること、

以上の事実を認めることができ、右認定に反する右被控訴本人尋問の結果は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はないから、昭和四七年一月一九日付手紙の趣旨に照らし、被控訴人は控訴人今井に対し、右手紙をもって、本件不動産をその被担保債務を支払うことの負担付で贈与した趣旨と解するのが相当であり、同控訴人は同人に対する昭和四七年一月一八日付所有権移転登記に符合する実体上の権利を取得したものというべきである。

したがって、被控訴人は本件不動産につき所有権を喪っているから、控訴人今井に対して右登記の抹消登記手続を求める本訴請求はその理由がなく、同保木本に対して本件(二)の家屋の明渡を求める本訴請求もその理由がない。

五、被控訴人は、控訴人保木本、同京都銀行が控訴人今井名義の前記所有権移転登記の抹消につき登記上利害関係を有する第三者に該当するとの見解のもとに、控訴人保木本、同京都銀行に対し控訴人今井名義の右所有権移転登記の抹消登記をするにつき承諾せよと訴求するが、不動産登記法一四六条にいう抹消登記申請に際し、そのものの承諾書またはそのものに対抗することのできる裁判の謄本の添付を要する利害関係ある第三者とは、当該抹消登記がされたとしたら損害をこうむるおそれがあり、かつそのことが既存の登記簿から形式的に認められるもの、すなわち登記簿記載の形式的整合性の要請からして当該抹消登記がされる際は、同時に職権をもってそのものの名義の登記が抹消されるべき関係にある第三者を指すのである。

そこでこれを本件についてみるに、控訴人保木本名義の前記所有権移転登記は、当該登記の抹消登記申請があってはじめて抹消されるべき登記であり、そして控訴人今井名義の前記所有権移転登記は、登記連続の原則からして控訴人保木本名義の所有権移転登記が右抹消登記申請により抹消されたうえでなければ抹消されることなく、他方控訴人京都銀行の前記抵当権設定登記は、本件不動産が控訴人保木本の所有に属したことを前提としてされた登記であるから、登記簿記載の形式的整合性の要請からして同控訴人名義の所有権移転登記の抹消登記がされる際に職権で抹消されるべき登記である。したがって控訴人今井名義の前記所有権移転登記の抹消登記をする時点では、既に控訴人保木本名義の前記所有権移転登記および控訴人京都銀行の前記抵当権設定登記はいずれも抹消されている筋合であるから、右控訴人両名は控訴人今井名義の前記所有権移転登記を抹消するについては登記名義を有する第三者ではないといわなければならない。

このようなわけであるから被控訴人が控訴人保木本、同京都銀行に対し控訴人今井名義の前記所有権移転登記の抹消につき承諾を求めることは、その主張自体からして理由がないが、被控訴人の控訴人保木本に対する本件訴の趣旨を同控訴人名義の前記所有権移転登記の抹消登記手続を求めるもの、また被控訴人の控訴人京都銀行に対する本件訴の趣旨を控訴人保木本名義の前記所有権移転登記の抹消登記をするにつきその承諾を求めるものと解するとしても、前記認定のとおり被控訴人は既に本件不動産の所有権者ではないのであるから、右各訴はいずれもその理由がないこととなる。

六、よって、原判決中右各請求を認容した部分は失当であるからこれを取消し、被控訴人の各請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 朝田孝 判事 富田善哉 川口冨男)

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